ヨコハマトリエンナーレ2020のアーティスティック・ディレクター選考にあたっては、14名の推薦者から21組の候補者が推薦され、逢坂恵理子・蔵屋美香・椹木野衣・鷲田清一そして私の5名の選考委員がそれらの候補の中から2段階にわたる選考を行なう(書類選考で候補を4組に絞り込み、次に面接によって最終選考を行なう)という手続きが取られました。
事前に打ち合わせたわけではないのに、出揃った候補の多くが外国人であり、少なからぬ非欧米人、そして女性を含んでいた。このこと自体、「日本のアート・フェスティヴァルのディレクターはこれまでほとんどが日本人だったが、横浜トリエンナーレはそろそろ日本人の枠を超えてディレクターを選ぶべきなのではないか」という世論を反映している。これが選考委員会の共通認識だったと言えるでしょう。とはいえ、私たちはポリティカル・コレクトネスだけで日本以外のアジア地域の人なり女性なりを選べばいいと考えたわけではなく、あくまでも芸術的かつ社会的に意義深いトリエンナーレを実現するヴィジョンと実行力があるかという点を最も重視して選考にあたったことを強調しておきます。
世界のアート・シーンの第一線で活躍する候補が揃っただけに、最終選考はたいへん水準の高いものでした。ただ、「人新世」における地球環境危機への対応、多様性の肯定とコモンズの創出、そのためのアートを通じたコミュニケーションやエデュケーション、といった最新流行のコンセプトが並び、世界各地のアート・フェスティヴァルの常連が参加アーティスト候補として挙げられる中で、男性2人・女性1人からなるインドのグループ「ラクス・メディア・コレクティヴ」の提案は、ドゥルーズ&ガタリの思想を語る横浜の日雇い労働者に密着したイギリス人人類学者のルポルタージュなどをソースとし、そこから参加者が次々に連想の網を広げていくという方法からして独自性が際立つ一方、すでに日本を含む世界各地での制作・展示やアート・フェスティヴァルの組織などの経験を重ねて、状況に柔軟に対応しながら企画を実現していく能力をも示しており、彼らであれば横浜ならではのトリエンナーレを確実に実現できるだろうと期待させてくれるものでした。選考委員会が最終的に「ラクス・メディア・コレクティヴ」を選んだのは、このような理由によるものです。
結果的に、インドの男女混成集団がアーティスティック・ディレクターになったことは、横浜トリエンナーレのみならず、日本のアート・シーンにとって、大きな刺激となるでしょう。その意味では、ヨコハマトリエンナーレ2020はすでにアーティスティック・ディレクターの選考過程から始まっていたと言えるかもしれない。このプロセスが植物のように大きく伸び上がると同時に根茎を広く張り巡らせてゆき、2020年には表面的なグローバリズムを超えた真に国際的なアート・フェスティヴァルに結実することを期待してやみません。
第7回横浜トリエンナーレ アーティスティック・ディレクター選考委員会 委員(敬称略・五十音順)
浅田 彰 京都造形芸術大学大学院学術研究センター所長 (委員長)
逢坂恵理子 横浜美術館館長、横浜トリエンナーレ組織委員会副委員長
蔵屋美香 東京国立近代美術館企画課長
椹木野衣 美術批評家、多摩美術大学教授
鷲田清一 哲学者、京都市立芸術大学学長、せんだいメディアテーク館長
ラクス・メディア・コレクティヴ(Raqs Media Collective)の詳細プロフィールはこちら