日々を生きるための手引集(Directory of Life)

『日々を生きるための手引集』について(要旨)
王欽(おうきん)

『日々を生きるための手引集』とは何でしょうか? 私たちは生きるために1冊の「手引き」を作成することが可能でしょうか? 「手引き」の文字どおりの意味に反して、今、ここに提示されたテクストは、私たちの「生(せい)」の細部を網羅的に書き連ねようとはしません。これは生の「始まり」や「終わり」を示すものでもありません。また、私たちの生に秩序をもたらし、意味を与え、見出しや目次を付け加えようとするものでもありません。むしろ、この手引集の意図は、私たちの生における既存のルールやパターンや意味構造をかき乱し、揺さぶることにあります。この手引集は、「野草」という包括的なテーマを展開させたものです。野草とは、まさに自然そのものの力であり、自然と生命がその存在を主張し肯定することの現れです。であれば、野草は既存の境界、意味、秩序、構造、計画を無視し、旧態依然とした生の規則や基準を思いがけなく唐突に中断し、その混沌とした外観を通して形のないエネルギー、スピードとリズムを見せつけます。意味と秩序に対するこのインパクトと中断は、自然に、生命に、そして私たちの生そのものに由来しています。野草が、すなわち任意の組み合わせ、横のつながり、一時的な意味構造、思いがけない出会い、他者に向けられた開かれた姿勢、絶え間ない変化と生成であるならば、生とは、野草に他ならないのです。

『日々を生きるための手引集』は、異なる方向、異なる領域、異なる時間と空間で展開する「生」の在り方とポテンシャルを示しており、生の隠された、あるいはあからさまな文法や折り目、襞を見せています。私たちはこれらをきっかけとして、既存の概念的枠組みや分析の前提を考え直し、反省し、批判し、浸透させるようになるかもしれません。それと同時に、私たちは生の現実と、生の秩序、意味と境界を確立するために用いられるさまざまな二項対立(「公的/私的」「政治的/非政治的」「真面目/冗談」「周辺/中心」など)の緊張関係を検証するようになるかもしれません。この手引集に収められている各テクストは、私たちに「学び直しのチャンス」を与えますが、決して「理想的な生き方のガイダンス」ではありません。むしろ、ほぼ安定した状態にあり、偶然性に満ち、いつでもどこでもばらばらにできるこの手引集は、私たちの生活の在りようそのものに寓意的に対応しているのです。この手引集は、現実社会に対する正確で適切な理解方法を提供するものでも、分類学の研究報告でもありません。むしろそれは不確かな星座のようなものであり、自分なりにそれらのテクストを組み合わせ、書き換え、解題し、逆に読み換え、もじって翻案するよう私たちを誘っています。まるで、特定の美的原則から解放された庭師が庭の中のさまざまな野草に向き合うかのようです。私たちが生の既存の意味、秩序および構造を自然に、世界に、他者に対して開くとき──つまり、生を生そのものに対して開くとき──、これまで照らし出されてこなかった、または早くに忘れ去られたさまざまな可能性が見えてくるのです。私たちにとって、そのことに気づくのは難しいことではありません。

『日々を生きるための手引集』におけるこれらのテクストは、時間的に私たちから遠く離れているわけではなく、私たちの時代、歴史、生に向かって直接語りかけています。つまり、これらのテクストは、私たちが当たり前のように考える現在の世界の意味構造とコード化の方式を異なる方向から抉り出し、それぞれ独自の、分類できないような方法で、日常の生に潜む政治的、思想的、文化的エネルギーを描き出すのです。これらのテクストは、異なる世界を開き広げる種子でもあり、私たち自身が置かれる歴史的状況において「ユートピア」を想像することを可能にし、特定の限りある生存状況に基づいて新しい社会的結びつき、新しい共生の方法、新しい共同体を創造することを可能にします。

野草のように生きましょう。野草と一緒に生きましょう。なぜなら、私たちはいつもそうやって生きてきたのだから。

「日々を生きるための手引集」

本手引集には2000年以降、アーティストや思想家、社会活動家たちがそれぞれの時代、歴史、生活について考えたテクストが収められています。「連帯する思想家たち(Fellow Thinkers)」である10組の著者は、生きるヒントとなるテクスト(Sources)を提供します。

01
考える思想家:柄谷行人
著書:『NAM 原理』太田出版、2000年

02
考える思想家:汪暉
著作:「『何が平等なのか』を再び問う」丸川哲史訳、汪暉著、丸川哲史編訳『世界史のなかの世界──文明の対話、政治の終焉、システムを越えた社会』青土社、2016年
[原著は中国語、2011年]

03
考える思想家:デヴィッド・グレーバー
著作:「ブルシット・ジョブ現象について」芳賀達彦+酒井隆史訳、『現代思想』2019年10月号
[原著は英語、2013年]

04
考える思想家:ジュディス・バトラー
著書:『アセンブリ:行為遂行性・複数性・政治』佐藤嘉幸・清水知子訳、青土社、2018年
[原著は英語、2015年]

05
考える思想家:ビョーク&ティモシー・モートン
著作:「ビョークとティモシ―・モートンの往復書簡」篠原雅武訳、『Björk: Archives』(Thames & Hudson、2015)より本展のために訳出、2024年
[原著は英語、2015年]

06
考える思想家:松本哉
著書:『世界マヌケ反乱の手引書: ふざけた場所の作り方』筑摩書房、2016年

07
考える思想家:マッケンジー・ウォーク
著書:『資本は死んだ:もっと悪い何か?』中西園子訳、0-eA、2023 年
[原著は英語、2019年]

08
考える思想家:斎藤幸平
著書:『人新世の「資本論」』集英社新書、2020年

09
考える思想家:匿名
著作:「寝そべり主義者宣言」RYU、細谷悠生訳、『寝そべり主義者宣言 日本語版』素人の乱5号店、2022年
[原著は中国語、2021年]

10
考える思想家:インゴ・ニールマン&エリック・ニードリング
著作:「森の民の食事──ヴァルダー・ダイエット」片岡夏実訳、第8回横浜トリエンナーレのための書き下ろしを翻訳、2024年