展示室内の作品解説を抜粋して、展示順路に沿ってご紹介します。
いま、ここで生きてる
展覧会の冒頭を飾るこの大きなスペースは、どこかキャンプを思わせます。自然に囲まれた楽しいキャンプ場のようにも、また人びとが身を寄せ合う難民キャンプのようにも見えます。
災害や戦争に巻き込まれ、避難し、逃亡し、さまよう――こうした「非常事態」は、わたしたちの日常のすぐそばにあります。実際、無数の人びとが難民キャンプをはじめとする厳しい環境のもとで暮らしています。ふだん意識せず何気なく日々を送るわたしたちにも、予期せぬ異常な事態がいつ訪れるかわかりません。
この章でご紹介するアーティストたちの作品は、こうした危機を象徴的に表しています。これらはわたしたちに、いつか来る非常事態を想像するための手がかりを与えてくれます。しかしまた、生の安全がおびやかされ、「生き延びたい」と願うこんなときこそ、わたしたちの創造の力が刺激され、生きることの可能性が大きく開かれるのかもしれません。
中央のテーブルには「日々を生きるための手引集」が置かれています。アーティスト、思想家、社会活動家などがいまの時代や歴史、生について書いた、2000年代以降の文章を集めたものです。そこには、傍観せずにまずは実践しようという呼びかけがあります。
アーティスト名:ピッパ・ガーナー
作品名:ヒトの原型
作品概要
2020年
ミクストメディア
作品解説
ガーナーは、消費社会や、その中で広告がつくり出す男女のイメージに生きづらさを感じた経験をもとに、1960年代から先駆的な作品を制作してきました。この章に展示されるのは、兵士に扮したガーナー自身や自動車の写真です。車や兵士はしばしば男らしさと結び付けられます。しかしガーナーの作品では、その決まりきったイメージがかき乱されるようです。あわせてグランドギャラリーには、肌の色の異なる男女の身体のパーツを組み合せた《ヒトの原型》を展示しています。
アーティストについて
出生地:エヴァンストン(アメリカ)
活動拠点:ロングビーチ(アメリカ)
密林の火
この章では、いま現在の姿を映し出すものとして過去の歴史をとらえます。そして、まるで火打石を打ちつけたときのように激しく火花が飛び散った歴史上の瞬間を現在によみがえらせます。
飛び散る火や火花とは、紛争や対立、衝突や事件のたとえです。この部屋には、そのような歴史的な出来事をふり返る作品と、こんにちの課題に向き合う作品を一緒に並べてあります。すると、過去と現在が混じり合って時代の違いが消え失せます。代わって、人びとの苦しみとそれに立ち向かう行為とが、生きることの本質として浮かび上がってきます。
この章の作品は、もちろんそれぞれに異なるアーティストが創造したものです。しかしそれらはまた、アーティストたちが人類に共通する視点をもって現実に反応した結果、生み出されたものでもあります。だからこそこれらの作品は、個々のアーティストが生きた時間と空間を飛び超えて、今を生きるわたしたちのうちに共感と共鳴を呼び起こします。
アーティスト名:厨川白村
作品名:『象牙の塔を出て』(1933年刊行)
*展示室壁面上部のテキスト(上記書籍より抜粋)
作品解説
厨川は、約100年前の大正時代に活動した英文学者・文芸評論家です。この時代の日本では、資本主義が勃興し、経済的、政治的な対立が激化していました。その中で厨川は『象牙の塔を出て』(1920年刊)を発表しました。そして、芸術家は「象牙の塔」に閉じこもらず、現実に起きている問題と密接な関係をもたなければならないと主張しました。また関東大震災で亡くなった後に出版された『苦悶の象徴』(1924年刊)では、人間の生命力が抑圧されたときに生まれる苦悶を表現するものこそ芸術である、と説きました。魯迅は『野草』の執筆と同時にこの本の翻訳を進めており、『苦悶の象徴』は『野草』の思想にも影響を与えたと言われています。
アーティストについて
生没年:1880-1923
出生地:京都
活動拠点:京都
アーティスト名:マシュー・ハリス
作品名:忘却の彼方へ
作品概要
2023年
オークル、木炭、アクリル、麻布(7点組)
作品解説
オーストラリアの先住民族アボリジニの血をひくハリスは、先祖のたどった複雑な歴史をテーマに絵画や立体作品を制作してきました。幅13メートルにおよぶこの作品には、博物館の収蔵庫の棚に整然と並べられた膨大な数の箱が描かれています。中に収められているのは、アボリジニの人びとの遺骨や神聖な遺品です。18世紀末から、何万もの遺骨が研究や収集目的で持ち去られ、今も各地のコレクションに収蔵されたままになっているのです。箱に用いられた黄土色は、神聖な儀式で使う特別な色。背景に塗られた木炭の黒は、火と再生を意味するそうです。失われたアイデンティティを取り戻すべく希望をこめて描かれた作品です。
アーティストについて
誕生年:1991-
出生地:ワンガラタ(オーストラリア)
活動拠点:メルボルン
流れと岩
「流れと岩」の章では、進む力とはばむ力がぶつかるところに生命力がほとばしるさまをご紹介します。
小川とは生命の絶え間ない活力であり、湧き上がる潜在的なエネルギーのようなもの。一方、岩とは困難、停滞であり、頑固に立ちはだかる問題のようなもの。流れは岩にぶつかることで行く手をはばまれ、同時にそこでエネルギーを生み出します。
前進を続ければ、岩はやがてなめらかに削られ、流れはまた次の岩にぶつかるでしょう。中断や行き詰まりは、意味の連続性を断ち切ることもあれば、新たな意味を生み出すこともあります。 危機と回復はいつもとなり合わせ。この意味で「流れと岩」は、ごくふつうの人生のありようを描き出しているとも言えます。
この章では、強い生命力のしるしとして、無邪気さ、若さ、気ままさ、高揚感、爆発、欲望、 穏やかさ、平凡さ、忍耐力などに注目します。そして、それらの要素が歴史的な、また現代の問題に力を及ぼすさまを考察します。決して枯れることのない若さは、困難に立ち向かう意志を生む源泉なのです。
アーティスト名:ノーム・クレイセン
作品名:崖からの飛び降り、ワイオミング州リバートン
作品概要
1983年/2024年プリント
アーカイバル・ピグメント・プリント
作家蔵
作品解説
写真家、ノーム・クレイセンは、1978年から91年まで、アメリカの煙草「マルボロ」の広告のため西部のカウボーイたちを撮影しました。クレイセンは15年間彼らとのつきあいを続け、信頼と尊敬を勝ち得ることで、これらの写真の誕生を可能にしました。彼は、砂、雨、雪などの厳しい環境下で、絶妙な光と絶対の瞬間を辛抱強く待ち続けました。その作品には、人間の繊細さと驚くべき力が凝縮されています。世界中の新聞や雑誌、ビルボードなどの広告に使われることで、今も人びとの生活と人生に大きな影響を与えています。
アーティストについて
誕生年:1939-
出生地:ロサンゼルス
活動拠点:カーボンデール(アメリカ)
苦悶の象徴
この章では100年ほど時をさかのぼります。タイトルは1900–1920年代に活動した日本の文筆家、厨川 白村(くりやがわ・はくそん)の著作『苦悶の象徴』(1924年刊)から採りました。1924年、魯迅は詩集『野草』を執筆しながら、同時に白村のこの本を翻訳しました。この中で白村は次のように述べています。
「文芸は純然たる生命の表現だ。外界の抑圧強制から全く離れて、絶対自由の心境に立って個性を表現しうる唯一の世界である。」*
しかし続けて白村は、この自由な創造は何の制限もないところからではなく、前進する力と抑えつける力がぶつかるところからこそ生まれ出る、と語ります。この意味で芸術とは、まさに「抑圧強制」と戦って生じる「苦悶の表現」なのです。思えばふたつの力のぶつかりあいは、芸術の創造に限らず、わたしたちが未来を切り開く力を生み出すための普遍的な条件なのかも知れません。
魯迅は1902年に日本に留学し、その後医学の道を捨てて文筆家になりました。帰国後、母国の人々に近代的な考えを広めるため、版画を用いた活動を展開しました。魯迅の版画コレクションには、ドイツの社会主義運動と共に歩んだ版画家、ケーテ・コルヴィッツの作品も含まれていました。
*厨川白村『苦悶の象徴』1924年、改造社
アーティスト名:ドバイ・ペーテル
作品名:アルカイック・トルソ
作品概要
1971年
ビデオ(モノクロ/サウンド/31分)
作品解説
時は1971年、ところは社会主義体制下のハンガリ一人民共和国。たくましい青年が庭でトレーニングに励んでいます。果物や生卵の昼食を終えると、今度は哲学書を手に、精神と肉体が調和する完璧な生き方について熱っぽく語ります。しかし、おやおや、途中から青年はどんどん落ち着きを失い、やがて…。ここに見られるのは、秩序を求める人問の強い欲望と、肉体からほとばしる抑えきれない生命力とが激しく衝突するようすです。作者はこのドキュメンタリー作品で、青年を、人間らしい生き方を抑えつける当時の統制社会が生んだひずみを象徴する存在として描き出しています。
アーティストについて
誕生年:1944-
出生地:ブダペスト
活動拠点:—
著:魯迅
発行:北新書局
『野草』
作品概要
1927年
書籍
お茶の水女子大学
作品解説
中国東部に生まれた魯迅は、1902年に留学生として来日しました。仙台で医学を学びましたが、ヨーロッパの近代思想や日本の文学に触れるうち、文学に目覚めます。7年の日本滞在を経て帰国すると、中国は混迷期にありました。よりよい国づくりのためには民衆の心を強くし、自ら考える力を養うことが大事で、そのためには文学が有効だと考えます。1918年に初の小説を雑誌に寄稿。北京で旺盛な創作を行い、それまでの中国文学になかった、口語調で人間の内面を伝える新しい表現にたどりつきました。『野草』(1927年刊)も魯迅の創作がもっとも充実していたこの時期の作品です。そこには苦悩と絶望の中でも生き抜こうとする生命力があらわれています
アーティストについて
生没年:1881–1936
出生地:紹興(中国)
活動拠点:仙台、北京、上海他
鏡との対話
魯迅の詩集『野草』の中に不思議な一節があります。
「わが裏庭から、塀の外の二本のが見える。一本の木は棗の木である。もう一本も棗の木である。」*
魯迅はなぜ「二本の棗の木がある」とはせずこんな書き方をしたのでしょう。同じ種類の木なのにふたつある。ひとつのものがふたつに分離して向かい合っているようだ。そんなことを考えたのでしょうか。
作品とはアーティストの精神的な自画像です。それはアーティストの姿を鏡のように映し出します。しかし同時に、ひとたび制作されると、作品は独立した存在としてアーティストの前に立ち現れます。
あるアーティストは歴史に入り込み、別のアーティストは自らを機械に変容させます。こうした行為を通して、アーティストたちは、自分の魂を見つめ、自身を知るための秘密の通路を探り出します。そのために用いられるのは、観察、スケッチ、誇張、想像、類推、置き換え、象徴化といった手法です。こうして、自分で創造した「自己」たる作品が同時に見知らぬ「他者」でもある、という分裂した状況が生まれます。
鏡に映った自分の姿と対話すること。これは、自分を深く知り、同時にまだ見ぬ新しい自分を創造することでもあるのです。
*魯迅(竹内好訳)『野草』、岩波文庫、1980年
アーティスト名:オズギュル・カー
作品名:
クラリネットを吹く死人(『夜明け』より)
枝を持つ死人(『夜明け』より)
ヴァイオリンを弾く死人(『夜明け』より)
作品概要
2023年
4Kビデオ2面(モノクロ/サウンド/13分)、75インチモニター2台、メディアプレーヤー、ケーブル、トラススタンド、錘
作家蔵
作品解説
複数のモニターを用いた白黒アニメーション作品を制作するオズギュル・カー。平面的で動きを抑えたアニメーションには、生のはかなさ、生きることの苦しみや悲しみが描き出されます。この作品では、2台のモニターを縦に連結した3つの画面それぞれに巨大な骸骨が映し出されています。両脇の2人の骸骨たちは、骨でできた楽器で音楽を奏でています。そして中央の骸骨は、自然のうつろいを前にしたさまざまな感情のゆらぎを、吟遊詩人のようにロずさみ続けます。そこはかとなく漂う孤独と不安感、それでも何かを期待する感情は、見えない出口をめざして苦悶し続けるわたしたちの姿を映し出しているかのようです。
アーティストについて
誕生年:1992-
出生地:アンカラ(トルコ)
現活動拠点:アムステルダム
わたしの解放
この章はギャラリー2とギャラリー5の2室による2部構成です。タイトルは、日本のアーティスト、富山妙子の自伝的エッセイ『わたしの解放 辺境と底辺の旅』(1972年刊)に由来します。
ギャラリー2では、ウィーン在住のアーティスト、丹羽良徳によるビデオ・インスタレーションと、台湾の台南を拠点とするグループ、你哥影視社(ユア・ブラザーズ・フィルムメイキング・グループ)の新作《宿舎》(2023年/2024年)をご紹介します。
丹羽の作品は、資本主義の論理を大げさに強調し、あるいはあいまいにぼかして、その本質を暴こうとします。丹羽の作品に向き合うことで、わたしたちは、自分も市場経済をまわすしくみにうまく組み込まれていることに気づきます。個人と国家の関係もまた、国の秩序と利益を守ることを前提に結ばれています。わたしたちは、ここからどのように自分を解放することができるでしょうか。
你哥影視社の作品は、2018年、台湾の新北市にある寮で、100人以上のベトナム人女性労働者がストライキを起こし、その様子がインターネットを通じて世界中に拡散された、という出来事に想を得ています。作品は、たくさんのワークショップやさまざまな職業の人びととのコラボレーションによりつくられました。
アーティスト名:你哥影視社(ユア・ブラザーズ・フィルムメイキング・グループ)(スー・ユーシェン/蘇育賢、リァオ・シウフイ/廖修慧、ティエン・ゾンユエン/⽥倧源)
作品名:宿舎
作品概要
2023年/2024年
《駆け込み宿》(4Kビデオ)、放送版(4KまたはFull HD)、スチル(デジタル・ジクレー・プリント)、ポスター(デジタル・ジクレー・プリント)、プロジェクトビデオ10点(12分~32分、Full HD)、台本、映画の小道具、組立式二段ベッドセット、マットレス、段ボール彫刻、プラカード、舞台衣装、折りたたみテーブル、ライト、延長コード、写真カタログ、設置マニュアル、作業保証カード
作品解説
2018年、台湾のある工場で働くヴェトナム人女性たちが、待遇改善を訴え、寮に立てこもってストライキを始めました。その様子はフェイスブックを通じてライブ配信されました。ほぼ流しっぱなしの映像には、ストライキ以外に、冗談を言ったり退屈そうだったりする彼女たちの日常が映っていました。ストライキの場が、暮らしの中でみんなが集う広場のように機能し出したのを見て、作家はこの作品を着想しました。移民や、台湾人の配偶者となった外国人に声をかけ、二段ベッドで組み立てたセットの中で、ストライキを再演するワークショップを行ったのです。あなたもベッドに腰かけて、映像を見たり誰かとおしゃべりをしたり、自由に時間を過ごしてみてください。
アーティストについて
結成年:2017
活動拠点:台南
密林の火
アーティスト名:坂本龍一
作品名:「ナム・ジュン・パイク追悼ライブfarewell,njp」(企画: ワタリウム美術館)でパフォーマンスに使用したヴァイオリン
An homage to “One for Violin (Solo)”
作品概要
2006年
ヴァイオリン
坂本龍一
作品解説
2006年、ビデオアートの父と称される韓国のアーティスト、ナム・ジュン・パイクの追悼イベントに出演した坂本は、ヴァイオリンを叩き壊し、その残骸を引きずって歩くパフォーマンスを行いました。パイクが1965年にヴァイオリンを引きずって海辺を歩いた行為を踏まえたこのパフォーマンスは、破壊的な精神に満ちたパイクへの敬意を表しています。幼い頃から音楽に親しんだ坂本は、欧米の前衛的な音楽に影響を受けつつ、沖縄やアジア、アフリカの伝統音楽にも高い関心をよせ、ジャンルを超えた多彩なサウンドを生みだしました。また、早くから社会問題や政治状況についても積極的に発言し、あらゆる表現活動を実践しました。
アーティストについて
生没年:1952-2023
出生地:東京
活動拠点:東京、ニューヨーク
すべての河
旧第一銀行横浜支店とBankART KAIKOの二会場にまたがるこの章のタイトルは、イスラエルの作家、ドリット・ラビニャンの小説『すべての河』(2014年刊)から採られています。イスラエルとパレスチナから来た二人の恋物語は、公的な出来事がいかに個人の人生を翻弄するかをわたしたちに教えてくれます。
旧第一銀行でご紹介するのは、この20年ほどの間に東アジアで活発化した、カフェや古着屋、 低料金の宿泊所、印刷所やラジオ局を運営する人々の動きです。彼らは「自治」「助け合い」「反消費」といった理念を掲げ、資本主義の論理や支配的な社会秩序の及ばないスペースをつくって、日々の暮らしの中に社会を変えるきっかけをもたらそうとしています。また街頭に出て活動し、人と人とを結びつけ、新たなコミュニティを創造しようとします。
あわせて、道をはさんで向かいのBankART KAIKOでは、東西冷戦が終結した1990年代以降、世界が経済優先、弱者切り捨ての方向に進む中で、それに対抗しようとする人々の動きをご紹介します。
これらの実践はわたしたちに、想像力を通じて互いにつながり、革命が起こるのをただ待つのではなく、自ら日常のうちに革命的な行動を持ち込もうと呼びかけます。
アーティスト名:プック・フェルカーダ
作品名:根こそぎ
作品概要
2023年-2024年
HDビデオ(カラー/サウンド/6分30秒)、ハニカムボード、水性塗料
作品解説
気候変動や環境破壊は、人間の未来や生存に関わる深刻な問題です。自然界が人間の思いどおりにならないだけでなく、人間自身が自らに不適切な自然環境をつくり出しています。人間が生き延びるためのヒントは、自然を改変することにではなく、むしろ自然を見習うことにあるのではないでしょうか。作家はこの新作で、多くの種類が同じ土に共存し、柔軟に形を変え、依存しあって生きる植物の性質に注目しました。そんな植物のように、わたしたちも、常に変わりゆくものとしての世界を受け入れ、凝り固まった考えや旧態依然とした社会のしくみを打ち破ることができれば——その時、この映像の主人公であるヒューマノイドもはじめて安住の地を見つけるかもしれません。
アーティストについて
誕生年:1987-
出生地:ハーグ(オランダ)
活動地:ベルリン
すべての河
BankART KAIKOと旧第一銀行横浜支店の二会場にまたがるこの章のタイトルは、イスラエルの作家、ドリット・ラビニャンの小説『すべての河』(2014年刊)から採られています。イスラエルとパレスチナから来た二人の恋物語は、公的な出来事がいかに個人の人生を翻弄するかをわたしたちに教えてくれます。
BankART KAIKOでは、1990年代以降、東西冷戦の終結にともなって世界が資本主義化する中で、それに対抗しようとする人々の動きをご紹介します。
彼らは小さな空間の中で新しい社会関係をつくり出します。そして国籍、人種、宗教、言語の違いを超えてこのような空間同士の結びつきを生み出そうとします。それは、たくさんの小さな流れが合流して大きな川になるようすを思わせます。
こうした動きの背景には、社会主義の生みの親、カール・マルクスの著作を再読することで資本主義を超える道を探る、ジャック・デリダや柄谷行人といった思想家たちの試みを見ることができるでしょう。
あわせて、道をはさんで向かいの旧第一銀行横浜支店では、「自治」「助け合い」「反消費」といった理念を掲げてカフェや古着屋、宿泊所や印刷所を運営し、東アジアにネットワークを広げる人々の活動をご紹介します。
アーティスト名:クレモン・コジトール
作品名:ブラギノ
作品概要
2017年
HDビデオ(カラー/サウンド/48分)
作品解説
ブラギヌ一家はシベリア東部、北方性針葉樹林(タイガ)地帯に住んでいます。都会を離れ、自給自足の暮らしをしているのです。しかし、美しい自然に囲まれたその日常は決して平穏ではありません。一家は、川の対岸に住むキリヌ家と、土地や資源の分配をめぐって長年対立しています。資本主義の世から逃れて新しい生き方を始めたはずなのに、そこに生じたのはいっそう激しい所有欲と、そして憎悪でした。両家の唯一の接点は、子どもたちの遊び場である川の真ん中の小島です。子どもたちは、互いへの好奇心と親から教えられた憎しみとの間で揺れ動いています。次の世代を担う彼らは、果たして共に生きるための別のルールを見出すことができるでしょうか。
アーティストについて
誕生年:1983-
出生地:コルマール(フランス)
活動拠点:パリ